誰のためでもなく自分の足で自分が決めたところまで歩けばいい

はじめに

早いもので今回で200記事になりました。
ここまで続けてこられたのも読んでくださる皆さんのお陰です。
本当にありがとうございます。
そして今後も『魂と波動のチカラ、そして本質』ならびに【小さなカウンセリングサロン cocoro-style】をよろしくお願いします。rerioty

自分ではない誰か、何かのために生きていないか?

「よりよい生活をするために仕事にバイトを重ねる」
「生きていくために面白くもなく楽しくもない仕事を続ける」

こうなってしまうと軸が仕事に向いてしまい、本来は自分の近くにあるべき仕事軸が中心になり、仕事に振り回されてしまいます。一見すると金銭的には余裕もあり満たされた人生と錯覚しそうですけど、果たして本当に満たされてるのでしょうか?

「家族との時間に重きをおく」
「楽しくするために友だち付き合いを大事に」
「人生を豊かなものにするため多くの趣味を持つ」

家族だったり友だちだったり趣味といったものに向いてしまう家族軸・友達軸・趣味軸ということになります。一見すると充実した人生と錯覚しがちな軸ですけど、果たして本当に充実してるのでしょうか?

家族も仕事も友だちも趣味も、自分の人生をより満たし、より充実したものにしてくれる大切なものですが、『自分の人生』という大前提があるにも関わらず、それを引き立ててくれる存在(家族、仕事、友だち、趣味など)に人はどうしても目がいってしまいます。
確かに大切なもので私もそれを否定する気はありませんが、その大切なものを中心に生きてる人たちがほんと多く感じます。

自分軸ではなく他軸で生きていると、最終的には「わたしの人生なんだったのか?」という疑問に苛まれてしまうことになりかねません。

誰のために生き、誰のために幸せを手にするのか?

「親の望むままの人生を送る」
「良き父、良き母、良きご近所さんと言われる人生を送る」

これはこれでいいんでしょうね。私ならそんな人生はイヤですけど。

人様から見ると「わがまま」で「自分勝手」と思われてもいいから、誰かのための人生ではなく自分の人生を、誰かの幸せのためではなく自分の幸せを目指す人生を送りたいものですね。

「幸せになりたい」と思うのは人の常だと思います。

「美味しいご飯が食べられる」
「ふかふかの布団で寝られる」
「好きな人たちと過ごす」
「お金持ちになる」

「出世する・人に認められる」などなど。
私はそれだけでも十分に幸せだと感じるんですけど、それを「幸せ」と捉えるか、「まだまだ幸せには足りない」と捉えるか、「幸せ」に対する定義は人それぞれ千差万別です。

自分の手と足と頭で

よく「人生という物語の主人公は自分」という人がいますよね。
ほんとその通りだと私も思います。

人が作った物語を人が作った脚本どおり生きる。
人が創ったレールの上を何も考えず進む。
人の物語に乗っかって人生を送るのも1つの手段でしょう。
要するに、助演です。

けど、どうせ1つの物語を創り上げていくのなら、助演より主演(主人公)のほうがいいと思いませんか?

助演だと「ここはもう少しこうしたほうが…」なんてアドバイスも遠慮するしかありませんよね。

主演だったら「ここはこれで!」って決められるんです。

「わたしは陰から支えるタイプなんです」
だから助演のままでいいという類の話しをしてるのではありません。

自分の手をフルに使い。
自分の足をフルに使い。
自分の頭をフルに使い。

自分の魂をフルに使い。

全身全霊をフルに活用して生きる。
これでこそ自分の人生だという気がしませんか?

これでこそ「わたしの人生はわたしのものだ!」と胸を張って言えるんです。

自分が決めたところまで歩けばいい

他人目線で見ると「なんでこの人こんなことに真剣に打ち込んでるんだろ???」ということでも、本人にとっては至って真剣そのもので努力に努力を積み重ねてることって多くありますよね?

『情熱を注ぐ』ってやつです。

「やらなくても特に困らないのに~」とか「それやらなくても死ぬことはないのに~」って感じのことです。
私なんかも「波動オタク」「内観オタク」と陰で言われてそうですけど、実際のところ波動探究なんかしなくても困らないし死ぬわけでもありません、笑。

では、なぜ、そこまで情熱を注げるのか?

情熱を注げるわけ
それが何よりも好きだから。
それをやってると楽しいから。
「手に入れたい」と強く思える信念のようなものがあるから。

ただ「結果ありき」では長くは続きません。
「作業」になってしまったり、「義務感」になってしまっても長くは続かないでしょうね。そうなると単なる苦行でしかないですから。

納得できる人生を送る

ここでまで長々と書いてきましたが、誰かに認めてもらうための人生でもありませんし、誰かのために人生を送るわけでもありませんし、誰かのために幸せになるわけでもありません。

幸せの定義は人それぞれ違いもありますけど、何が重要かといえば「自分が納得できる人生かどうか?」そのひと言に尽きると思っています。

自分が納得できる人生を送る人に、後悔はありません。
自分が納得できる人生を送る人には、言い訳も甘えも必要ありません。

『夢は地続き』
夢は、今いるところと繋がってるんです。

最後のまとめ

たとえどれだけ辛くても苦しくても、諦めず足を前に出し続けた人にだけ得られる達成感というものがあります。

どうか諦めず前へ前へ、1歩ずつでもいいから前へ進んでいれば必ず何かが見つかりますので、どうか諦めないで欲しいと思います。

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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