自分自身の成長を知るためには、過去のデータは欠かせない大切なツール

先日の記事に関連する内容ですが、今回の記事も含めもう1度よく読んでいただければと思います。

一朝一夕に結果はでないが、日々の小さな成長を知る方法があります

2018年9月19日
なぜ立て続けに似た記事を書くかというと、好転するために非常に大切だからです。

サロンを卒業したあるクライアントのお話し

記事にすることを本人には快諾をいただいてます。

数名の方が好転してサロンを(カウンセリングを)卒業されています。

その数名の卒業生の中に、私でもビックリするぐらいの人がいらっしゃいます。
以降、その方をKさんと表します。

Kさんはとにかく熱心で、新しいに自分に生まれ変わるために一生懸命でした。
文字どおり命懸けという感じを受けました。

カウンセリングの途中で「ちょっと待って」と何度となく言われました。

そしてノートにずっと何かを書き込んでるんです。

これぐらいのことであれば他のクライアントにもありました。

しかしKさんが凄いのはここからです。

Kさんの凄さを思い知らされることに

早く好転したから凄いとか、一生懸命ノートに書いてるから凄いっていうレベルの低い話しではありません。
一生懸命に必死に努力したから凄いわけでもありません。

Kさんが凄いと思い知らされたのは、客観的な自己分析の能力です。
初めからその能力が秀でてたかというと、特にそうではありませんでした。

最初の1カ月ぐらいは顔を見るのも遠慮してしまうぐらい憔悴しきってましたからね。
まるでボロ雑巾のようでした。

あるときKさんに『どれぐらいKさん自身のこと知ってますか?』と尋ねたんです。
するとKさんは「心を病んでからは何もかもわからないんです…」
さらに、「わたしの身体は生きてるけど、心は完全に死んでるんです…」と答えられました。

確かにKさんからは覇気というか、「いのち」というものが伝わってきませんでした。

そこで『これから毎日、日誌を書いてください』とお願いしたんです。

プライバシーなことですから特に見ようとも思ってなかったんですけど、1週間後に日誌を持って来てくれました。
しかも1週間分でノートに7行だけ。1日1行です。1行目から7行目まですべて同じ文章。

「特になし」でした、笑。

人間、生きてる以上は何か感じることがあるはずなんです。それでも7行だけ。
いかに不感かということです。

それでもなお、続けるようにお願いしました。

3週目になって日誌の書き方が明らかに変わってきました。
4週目、さらに書き方が変わり、こと細かにデータ化され、より客観的に、Kさんの心の動向や成長の進捗など、3週目から4週目の1週間分を書かれた日誌はなんとノート1冊にも及びました。

『積み重ねることが大切』
『日誌に記録を』と私は常日頃からクライアントに言ってます。

Kさんはそれを忠実なまでに実行し、必死で努力を重ね、自分の一生の宝にしたわけです。

口も悪く生意気なんですけど、とにかくKさんは素直でした。
返事はいいけど何もしない人とは正反対ですね、笑。

Kさんは本当に命懸けで好転を望んでた

私を信頼してくれたから、私の言うことを素直に聞き入れてくれたんだと思いますが、好転が早かった理由はKさんが素直で純粋で単純だったから(真面目だったともいう、笑)1年半ほどで卒業されたんだと思ってます。

それとカウンセリングに命を懸けてたということです。
後日談ですが、最後の綱だったみたいです。

顔がとかではなく、とにかくKさんは人として可愛いんです。
(こういう書き方するとまたKさん怒って来そうですけど、笑)

私には妹がいないのでわからないですけど、たぶん妹のような感じだと思います。

今後、Kさんが精神的な窮地に立たされることはないと思いますけど、もしKさんに何かあれば私は命を懸けてでもKさんを守ると思います。
命懸けでカウンセリングを受けてくれたKさんへのお返しです。

実際は私の出番はなく、ご主人さんが守ると思います。

最後のまとめ

自分自身を客観的にデータ化するためにも成長日誌を(内観日誌なども含みます)つけるとこは大切ですし、1日も早い好転を望まれるのであれば日誌は必要不可欠なツールと言えます。

『これができるか否か、これを続けられるか否かでその先の人生が決まる』といっても過言ではありません。

私は今でも日誌を欠かさず書いてます。
私ひとりなら「お前がストイックなだけやん」「オマエが好きで書いてるだけやん」と思われるかも知れませんが、Kさんをはじめとする多くの卒業生が「成長日誌をつけていた」という事実があるということを忘れないでください。

端折って書いたので私の真意が伝わるかわからないですけど、行間を読み取っていただければ理解いただけると思ってます。

 

真剣に好転を望む人には、私も真剣に向き合います。
何ごとにも適当な人には、私も適当に接します。

好転する気がない人は、最初っから相手にしない、笑。

それが『対等な関係』というやつだと思うんです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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